夏の高校野球が始まった。

今大会からはリプレイ検証が導入されたようだ。

これについて良いことなのかそうでないのか、どうも俺の見解がまとまらない。

というのも、昨今の交渉術、特に国際社会においてはトランプ大統領を筆頭に(軍事力を背景とした)声がデカイ者が有利であるという現実がある。

言わずともきっと理解してくれるはず...

このような外交交渉では国の存続そのものが危うくなる。

これは何も国際社会のみならず、一般人の日常社会においても当てはまる。

(俺は決してやらないが)どこかの窓口でも、店でも、町内会でも、何かと声のデカイ者が有利になる。

何事も黙していては相手に伝わらぬ。

そういう意味においては、言うべきははっきりと言うというリプレイ検証のルールが導入されるのはとても良いことであると思う。

その反対に、審判の言うことは絶対、それは要するに殿様の言うことは絶対であるという日本の武士道精神からは相反することになる。

リプレイ検証は回数制限付きながらお上に謀反を起こす権利が与えられたということ。

それがプロなら勝ち負けが収入を左右する世界でもあるわけで、理解はできる。

ただ、それが高校野球となると果たしてどうだろう。

試合結果がより公正になるという意味においてはとても良いのだが、日本人の武士道精神が失われているというような気もする。

令和の時代において武士道精神など時代錯誤も甚だしいだろうか。

一旦社会に出れば何もかもが公平であるはずもなく、時に理不尽な目にも遭う。

誤審はそのプレ教育と言えなくもない。

俺は過去あちこちの国々を旅してきたが、その度に痛感したのが旅先での感動よりも日本の素晴らしさだ。

素敵な国がいくつもあった。

しかし、そんな国でさえ俺が感じたのは、

「やっぱ日本って、すげ~わ!」

中でも日本の都市の清潔さと人々の謙虚さは世界の中でも群を抜いている。

人としての背骨を作る重要な時期において、当該ルールはその謙虚さの一角を崩すことにはならぬか?と危惧するわけである。

気が付けばすっかりアメリカナイズされ、ついには高校野球まで訴訟社会となってしまった我が日本。

「葉隠れ」こそ道徳の時間で紹介すべきだと改めて思う。