私には得意としている症状がいくつかある。
その一つが夜間中途覚醒。
にも関わらず、夜間中途覚醒の症状を申告される依頼者の方が少ないと常々感じているので、こうして改めて文章化しようと思った次第。
夜間中途覚醒を申告する方が少ないのはこれに該当する方が少数だからではなく、まさか気功で改善するなど思いもしないので、最初から申告の対象に入れていないのだろうと察する。
あるいは、体質や年齢などにより、
「私の睡眠パターンはこんなもの、いまさら変わりはしない...」
といった諦めの境地のようなものもあるのかもしれない。
が、白樺の気功治療で夜間中途覚醒もしっかり改善するのである。
100%とまでは言わないけれども、それは通常よりも高い確率で起こり得る。
夜寝たら朝目覚ましが鳴るまで熟睡。
このような睡眠習慣が心身の健康面に与える影響は絶大であり、しっかり眠ることの大切さは私が今更改めて力説するまでもない。
そもそも治癒は眠ったり休息している間に起こる。
よって、夜間中途覚醒に該当する依頼者様におかれては是非除外することなく申告して頂きたいと切に願うところです。
以下、全くの余談
私が気功治療と共に長年研究していることとして、「選択的な夢」というものがある。
選択的な夢とは、ごく短く述べれば、自分が望んだ内容の夢を自分の意思でみるという一種のテクニックになる。
例えば、
「今夜は飛行機のパイロットになった夢がみたい」
と望めば、それが夢の中に現れる、というもの。
夢の素晴らしさの一つは、現実が一切問われないこと。
たとえ現実はベットに寝たきり状態であっても夢の中ではフルマラソンに挑戦できるし、宇宙飛行士にだってなれる。
五十歳若返って再び青春の1ページを体験することだって可能である。
そう、夢の中ではまさに何でもあり状態。
何と素晴らしいことか!
そして人間、夢をみている間はそれが現実世界の出来事として感じられる。
決して映画を観ているようなスクリーン上の絵空事ではない。
夢の途中で、
「でも、しょせんは夢だしなぁ...」
などとは誰も思わない。
夢をみている間は時空を超えてそれを実際に体感しているのである。
女性にはわからないだろうが、男性が体験する夢精などはまさにその代表だといえる。
であるならば、毎夜自分が望んだ夢をみて朝まで熟睡できるのであれば、例え現実世界がどうであれ、その人はとても幸せであるといえるだろう。
人を蹴落としてのし上がったところで罪悪感による悪夢にうなされるくらいであれば、何も持たずとも毎夜素敵な夢をみる方が100倍幸せである。
選択的な夢のテクニックはたとえ半身不随や寝たきりになろうともその人を幸せにしてくれる。
私は専門学校時代にこのことに気付き、以来研究を続けてきたわけである。
実を言うとこれを一冊の本にして出版しようとも考えていたのだが、その方法が極めて単純であるので、5ページもあれば事足りるような内容をダラダラ引っ張って書く気にもなれず、今日ここで紹介する次第。
自分で選んだ夢をみるためのポイントは次の二点になる。
・心の平穏
・寝る前に神様に強くお願いする
心の平穏が必要なのは当然。
ストレスや不安、怒りの感情を引きずって寝たところで、良くて雑夢か夢なし。
運が悪ければロクな夢にはならないどころか、場合によっては悪夢の出現となる。
目が覚めた瞬間、
「ああ、夢で良かった!」
というあのパターン。
よって、心の平穏、更には幸福を感じながら眠りに付くのが理想の状態である。
とはいえ、一口に心の平穏や幸福といったところで深層心理がより問われるので、寝る前の短い時間だけ無理矢理に幸福感に浸ったところで通用しない。
そのためには普段の生き方や生活こそが大事になってくる。
そんな土台があった上で、今夜みてみたい夢の内容を自分の意志でありありとイメージしながら神様にお願いする。
「神様、どうか今夜は○○な夢をみさせて下さい!」
と、声に出してお願いすればなお良し。
お願いする時間は長ければ長いほど効果が上がるが、かといって30分も一時間もやってはいられないだろうから、最低5分は集中して行って欲しいところ。
終わったら後は目を閉じて眠るだけ。
この方法により私はジェット戦闘機を操縦したこともあればF1ドライバーになったこともある、ヒマラヤにはもう何回も登ったし、ジェダイの騎士として帝国軍と戦ったこともある。
実に面白いのは、それらの夢が私の実人生の体験と渾然一体となりながらまるで実体験したかの如く記憶に刻まれているということ。
この素敵な感覚をぜひ皆様にも味わって頂きたいと強く思う。
もちろん、上記を実践したところで毎日毎晩希望する夢をみるということは絶対に無理。
けれども、何もしないで寝るよりはその確率が格段に跳ね上がるということを実践者としてお伝えしたい。
人間、結局は死ぬ瞬間、
「ああ、俺の人生は楽しかった、幸せだった...」
と思うために毎日懸命に生きているわけでもある。
皆様のそのような足しになれば幸いです。
