人間、その長い人生を歩む上において自信を持つということはとても大切である。
何より自信があればそれは信念の拠り所となるので、人生をブレることなく生き抜くことができる。
今回は私の自信の源泉となっているいくつかの忘れがたい経験の一つを述べてみよう。
私が按摩マッサージ指圧師の国家免許欲しさに京都仏眼鍼灸理療専門に入学したことは当サイトのあちこちで述べた。
当専門学校では地理的要因に加えて当時の理事長の人脈なども加わり、京都大学の教授や助教授(今で言えば準教授)などの講師陣がいくつかの科目で一コマ五万円等(当時)の報酬で我が専門学校の教壇に立っておられた。
(今は知らぬが、解剖実習の特別講義も当時は京都大学のキャンパスで行われた)
そんなわけで医療倫理という科目の講義も京大医学部の教授が教壇に立たれていたわけだが、その教授に小論文を提出し、それが学期試験の成績になるということがあった。
制限時間は授業と同じ90分。
設問に対して俺は全力投球で用紙の裏まで使って全力で書きなぐった。
何せ京都大学医学部教授が俺の文章を直に読み、その内容をチェックしてくれるのだ。
そりゃあ、気合いも入るだろう。
試験後の授業、返却された答案にあった俺の点数は92点。
全員に答案を配り終えた後、その教授は私が一生忘れ得ぬこととなった一言を物静かに言われた、
「この答案に90点以上の点数が付いている者は京都大学医学部だとしてもかなり優秀な生徒である」
と。
このとき、私は直感で「これは俺個人に言っているな」と思った。
例えれば白い巨塔の財前教授に誉められたような、そんな気分になったものだ。
このたった一言が、現在に至るまで私の人生においてどれだけ自信になっていることか。
あんまマッサージ指圧師の国家資格以上にこの一言の方が私にとっては価値があったとも思う。
卒業式後の謝恩会、その教授も出席されていたのでビール瓶を持って上記の旨心の底からの感謝を伝えに行ったところ、
「今日で最後だね、君にもう一つ伝えるとすれば、私は「本物」という言葉が好きだ」
と、更なる一言を頂戴した。
私は人生後にも先にも初めて直角以下にお辞儀をした。
そしてその言葉を胸に日々本物を求め続けて切磋琢磨し、今現在の白樺に至るわけである。
学部生でもない私が改めて礼を伝えに行くのもおこがましいのでずっと控えてはきたが、かけがえのない私の心の恩人の一人である。
今回のコラムを機にネットで近況を調べてみたところ、既に他界されていた。
改めて心の底からの感謝を。
