昔お世話になった私の師は(といっても私が一方的にそう思っているだけだが)経絡治療の達人であるが、その上でなおかつ経筋治療を極めて重視しておられた。

経筋治療とは東洋医学において特徴的である経絡は一切考慮せず、純粋に筋肉群のみを対象とする古典療法である。

師は癌治療においても経筋治療を多用されており、既に学会でもその内容を発表されている。

もはや私の想像を超えた師の治療世界であるが、東洋医学においては己の信じ切ることろにより治療を行うことが極めて重要である。

想像できないということは信じ切れていないということでもあり、それは私が師と同じ治療を行ったとしても全く効果は出ないということを意味する。

東洋医学とはそんなものだ。

そんな私でもときどき経筋治療に助けられることがある。

私は師から、治療においては先ず最初に経筋を処理するようご教授頂いた。

というのも、東洋医学における本道はあくまで経絡治療ではあるけれども、経絡という気の高速鉄道網が正常に機能するには線路の下の枕木である経筋がちゃんと整備されている必要があるからである。

枕木がガタガタではいかに列車の性能が良かろうが十分にそれを発揮することができない。

だからこそ先ず最初に経筋治療なのである。

とはいえ実際の治療現場では限られた時間内で日々次々患者さんと向き合う必要があり、各々経筋を丁寧にならしていては時間がいくらあっても足りない。

よって私は経筋を飛ばしていきなり本命の治療に入ることにしている。

そんな私の治療が時々全く効かないことがある。

昔は随分と慌てたものだが、そんな時こそが経筋治療の合図の一つでもあるのだ。

経絡がダメなら経筋で。

今思えば実に単純な話だが、愚鈍な私はそんな簡単なことに気付くのにさえ数年を要した。

以来私なりに経筋の研究が進み、今では経筋治療を行う際には古代ルーン文字が刻まれたパワーストーンを使用している。

経絡ホメオパシー同様、何やら東洋と西洋がごちゃ混ぜになったチャンポン療法だが、私の治療院ではそのようなことはどうでもよろしい。

患者さんの訴える症状が取れるか否か、それが全てだ。

治ればそれでよい、というのではあまりにも愚直であり、一歩間違えれば今の西洋医学のような患者さん不在の治療に陥る可能性があるものの、これが今の私なりの精一杯の治療美学である。

いずれは師のように洗練されていくのか、この先ずっと変わらないのか、私にはわからない。