所ジョージ氏はとても素敵な生き方をしている。
男の人生としてまさに一つの理想型である。
多趣味であり、そられを存分に楽しみ、何より全く売れていない時代に転がり込んだ女性とちゃんと結婚し、今でも妻への愛が隠し切れていないところがよい。
氏を見ていると、もはや死語に近い「とうこうの妻」という言葉を思い出す。
そんな所ジョージ氏だが、一点俺が勝っていることがある。
それは氏が欲しいと望めば高価な車でも何でも簡単に手に入ってしまうところ。
俺もランボルギーニ、あるいはマセラティに乗って夜の高速をグルグル走ってみたいとは思うが、それが叶わないから、つまりはいつまでも憧れ続けるから良いのである。
買い物など、ショーウインドウを通る度に何度も覗いて貼り付いて、
「ああ、あれが手元にあればなぁ...」
などと羨んでいる時が一番心躍るものである。
現に米大学の実験では、ブランドもののバックなどに対する満足感は買った時がピークで、後は徐々に落ちていくそうだ。
ヴィトンのバックもある程度月日が過ぎれば手に持っても何の感動もなくなるということ。
ただし、絶対にないだろうがもし万一妻がバーキンが欲しいと言えば、俺は理由など一切訊ねずにそれが手に入るよう最大限の努力をするだろう。
これは男の甲斐性の問題であって、
「手に入らないのが良いのだぞ」
などとは決して言わぬ。
話を戻す。
葉隠によれば、その究極は片想いだそうで、その秘めた想いをモチベーションに変えて戦場で戦うのだそう。
「ここで死んでたまるか」
ということか。
戦後、アメリカが禁書にしたのもうなずける。
日本男児よ、今こそ読むべし、葉隠。
